2016/02/25

縄文パラダイス

私が学生だったころは、縄文時代というとまだあまり研究が進んでおらず、学校で習う内容も、文明以前の原住民が貝やドングリを拾って食べているような、そんなイメージしか無かったのですが、近年新しい発見が次々とあって、縄文時代というのは思いのほか豊かで平和な時代だったらしい、という事がわかってきました。

1994年に青森で発見された三内丸山遺跡(県営の野球スタジアムを作ろうとして工事をはじめたら、大量の土器、住居跡、道路の跡などが発見されたという)は紀元前3500年~紀元前2000年ころまで、1500年にわたって続いた集落の跡。
残された柱のあとなどから想像するに、高さ17mの巨大建造物(5階建てビルと同じ高さ)、長さ30mの竪穴式住居(ちょっとした工場や体育館くらいはある)などがあったという。
500人を超える住人が常時暮らし、クリやクルミの果樹園を作り、釣り針を使ってタイ、ヒラメ、カレイ、マグロなどの魚を食べていた。
魚の骨などの生ごみは、臭いが気にならないように集落の風下の他にまとめて捨てられ、その近くを流れる川が増水して水かさがあがると、自然と海まで運ばれていくようになっていたという。
割れた土器や釣り針など、燃えないゴミは別の場所にまとめて捨てられていた、つまり当然のようにゴミの分別を行っており、普通にエコだった。
新潟県の糸魚川でしか取れないヒスイでできた大珠や、北海道産の黒曜石でできたナイフなども見つかっていた。
つまり、縄文時代にすでに、遠く離れた集落(もはや、都市といってもいいと思う)どうしの交易があった。

そして縄文時代の大きな特徴は、「戦争」のあとが無いこと。
武器も、濠のあとも見つかっていないという。
豊富な海の幸と山の幸に恵まれ、森に囲まれた小さな町には絶えず海や山を超えた行商人(貨幣が無くても、珍しいものにはそれなりの価値があって交換されていたはず。また、平和が保証されているのだから、定住せず狩猟しながら各地を渡り歩く旅人も多かったのでは)がやってきて、人々はおそらくは季節ごとに祭りをして酒を飲み歌い踊って・・・。
そんな戦のない平和な暮らしが1500年・・・。
縄文時代じたいは紀元前1万2000年あたりから始まったと言われているので、その間、人間同士の争いが無かったというのはもう、人類のユートピア、パラダイスと言ってもいいのでは。

しかも私は確信しているのですが、日本人というのは平和な期間が長いと、必ず、変なサブカルを発生させる!
平安時代のミーハー恋愛小説(源氏物語をはじめとする女流作家作品群は当時の女の子にキャアキャア言いながら読まれていた)、江戸時代のイラストとライトノベル(浮世絵とか草双紙とか)、そして平成のアニメ・ゲーム・BL。
縄文時代には残念ながら文字が無かったので、当時の人たちがどんな物語を楽しんでいたのか不明ですが、「遮光器土偶」などの、今見ると奇妙な造形はもしかすると現代のアニメ絵にあたるものなのかもしれない・・・!
あと、「今年の流行は白い子安貝のネックレス」とか「新潟から伝わって来た新しい歌を今度の祭りでフルバージョンで歌える奴がモテる!」とか、そういう、軽い文化の流行も、必ずあったに違いない。

日本人のDNAはネアンデルタール人に最も近いとする研究結果が最近発表されましたが、諸外国が戦争に明け暮れていたのと同じ記事に、島国日本で縄文人たちがこんなにも楽しく満ち足りて暮らしていたことを思うと、もしかして日本人が平和な種族なのではなく、ネアンデルタール人が平和な種族なのかな、とも思います。
いずれにしても、日本に生まれて良かった!
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